2014年6月15日日曜日

自信無型高セルフイメージ人間な僕

僕は何かをおこなうときに、大きな目標を立てる事が多い。

その話は周りの人が「やめとけって」っていうことや、「負荷掛け過ぎ」っておちょくられることもある。 

大事を言って、もし達成できなかったら。
そうした不安にかられることはいつもだ。
よくプレッシャーを楽しむなんて言葉もあえけど、僕自身はそんな余裕もない。 

では、なぜそういう目標を立てるのか?
というと、最近自己を分析してみたところ、究極は自分に自信がないのだろう。

 「こうありたい」という僕自身のセルフイメージがあるけど、実際には乖離してる。
その差を埋めようと高い目標を立てて、それをクリアする。
そこで得られる感情が「ほらみろ!俺って出来る奴」というものではない。 

『よかった、、、僕はこれが出来る人間だった。』と思っている。 

ホノルルマラソンを走っていることもフルマラソンを走れる人というセルフイメージを実践するため。 

↑フルマラソンを完走できる自分であったことを実感して安心の私の図。

親指の絵を描くときは親指を書いてはいけない、その周りの空間を書けという話をビジネス書か自己啓発書で読んだ事がある。

まさに、同じ心理。 
僕の理想とする田中徹也像に現実がおいついておらず、結果そこに近づけるためにいろんなことを達する事で「外堀から自分のセルフイメージを維持している」といえよう。 

だから「すごいな」とか言われても、僕自身は自分の自信のなさを補完するのに精一杯というのが本音である(w

そういう意味では、自分のセルフイメージをどこに設定するのかは本当に大事だと思う。

例えば人から期待をもたれたとき、セルフイメージが低い人は
「俺、どうせ出来ないし」と考える。
「無理やん」と。
だからそもそも挑戦なんかしない。

傲慢になるのとは違うけど、自分のイメージを高く持つべきだと僕は想う。
特に僕の場合は周りから「無理やろ」と言われれば言われるほど燃えるタイプ。
そしてそういう自分のセルフイメージやいろんなことを考えるのに必要なことって実はぼんやりする時間だったりする。

ちょっと長くなったので、続編とします。


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